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「インコントロール」

incontrol

監督 カーティス・デイビッド・ハーダー、出演 アンニャ・サヴィッチ、2017年公開、カナダ製作

 アート系というジャンルになるのだろうか、不思議な映画だった。
 自身の生活に不満を持っている女子大生が、ふとしたことから、他人の身体にのり移れる機械を知り、それをつかって別の人の人生を楽しむといった、ストーリーはそんな感じ。
 たんにおでこにいくつかコードをはりつけるだけで、それができる、という安易な設定ゆえに、これは一種のメタファーというか、あくまでも抽象的な話だと捉えた方がいいのだろう。主人公女性のインナースペース。心の葛藤を映像化した物語としてとらえた方がわかりやすい。全体に夢を見ているような世界観なのもそのせいだろう。
 そうしたストーリーは単純なようでいて、実は凝っており、ラストは意外な方向へ転がっていく。
 ボーッと見ていたので、後半はどうしてそうなったのか、まるで理解不能だった。裏で何やら悪の組織が暗躍していた、という感じなのだろうか、謎である。
 というか、製作者側も、その辺をちゃんと説明する気はないようで、重要な部分ではないのかもしれない。そもそも見る人の解釈によって、さまざまなとらえかたのできるように作ってあるのだ。
 そしてラスト、主人公がハッピーになったかと問われれば疑問である。私は非常に虚無感にとらわれたけれども。
 というか、この映画自体、ヴァーチャル・リアリティ、仮想現実が身近なものとなり、さらに自己というものが失われていく、そんな現代社会への警鐘をならす内容と受け取った。
 仮想世界の中を耽溺し、己がうしなわれていく怖さ、そこから浮かび上ってくる人の抱える虚無。それらを描いた映画という風に私はとらえたのが、どうだろう?
 人によってはいくらでも深読みできる哲学的なテーマを内包した秀作だと思う。



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「ソニック・キックス」 ポール・ウェラー

sonikkics

2012年リリース

 前作「ウェイク・アップ・ザ・ネイション」。あらためて聞いてみても、喧騒にあふれた、真の意味でハード・ロッキンな、すごいアルバムだと再確認させられたけれども、ネットで調べてみると、プロデューサーのサイモン・ダインという人が案外キーマンだったようだ。
 というのも「ヌーンデイ・アンダーグラウンド」というバンドのメンバーでもあるという彼が関わった楽曲と、そうでないものとくらべると、その違いがはっきりとわかるからだ。そう、あの攻撃的なパンクなサウンドは、彼によってもたらされた部分が大きいのではないだろうか。
 実際、ネットにのっている、「ウェイク・アップ・ザ・ネイション」発表直前のインタビューにおいても、ポール・ウェラーはこう語っている。
 当時「22ドリームス」ですべて出し切ったので、これ以上アルバムを作る気はなかった、と。しかしそこをサイモン・ダインのアイディアに引っ張られるかたちで、今作は製作にはいった、と。だから、この推測はあながち、見当はずれでもないのだ。
 そして同じくサイモン・ダインのプロデュースによって、2年後に出された本作「ソニック・キックス」は、一転、音数をしぼった、デジタル・ロックとでもいうべきサウンドに変化している。
 一聴した印象はずいぶんと前作と異なるもので、とまどったというのが正直なところ。まさかこういう方向へいくとは思わなかったのだ。
 しかしおどろくべきは、五十代になってもなお、新しいことに興味をもち、実行にうつしてしまう、ポール・ウェラーの好奇心とチャレンジ精神である。みずみずしい感性を決してうしなうことのない、そのありようには、賞賛をおくらずにいられない。
 その一点だけでも今作は傑作である、と言い切ってしまってもいいのだが、本音を言わせてもらえば、ピンとこないというか、いいとは思えなかった。各曲のメロディもはっきりとしないし、スカスカなサウンドには物足りなさをおぼえた。
 それはきっと、前作までのハードなロックサウンドを今作にもまた、求めていたせいにちがいない。あまりの変化に私はついていけなかったのだ。
 しかし。何回か聞いていくうちに、しだいにそれぞれの楽曲の個性がわかってきて、アルバムの全体像、伝えたいことがわかってきて、悪くないな、と思うようになってきた。
 少なくとも、聴き込むにあたいするだけの何かを内包しているアルバムであることは、わかった。だからあとは、理解するだけの時間が必要なだけなのだ。
 つまり、ポールのファンであるためには、こちらもまた、変化が求められるということだろう。常に新しいものに、頭を切り替えられるだけの柔軟性、それが必要とされるのだ。
 そしてそれは、人として大切なことである。やはり新しいものに興味をうしなっては、退化あるのみなのだから。といったことを今作は私に教えてくれた。ありがとう、ポール。



「アントマン&ワスプ」

antwasp

監督 ペイトン・リード、製作 ケヴィン・ファイギ、出演 ポール・ラッド、エヴァンジェリン・リリー、2018年公開、アメリカ製作

 同スタッフ、キャストによる続編、二作目。
 前作「アントマン」が好きだったので、ふつうに期待していた本作。その期待にそぐわない出来にはなっていた。
 何より、画面に、あいかわらず、いい感じに力のぬけた、主人公ら登場人物が出てくるだけでホッとする。
 ポール・ラッド演じるハンク・ピムの気さくな、ゆるい感じの雰囲気、どこにでもいる兄ちゃん的たたずまいには癒されるし、そして仕事仲間で友人である、ルイス役のマイケル・ペーニャ。今作もコメディ・リリーフとして、いい味を出していた。というか前作よりもさらに出番が増えており、最近のお気に入りの役者の一人である、私からすれば、これは嬉しい限り。
 で、肝心のストーリーのほうはといえば、最初、ながら見していたので、いまいちよくわからなかった。
 気づくと、トランクのように小型化したビル、研究ラボの施設をめぐって、三つ巴で奪いあっていたという感じで、こちらとしては、いったい彼らが何を目的として、それほど血まなこになって、奔走しているのか、いまいちピンとこず、理由がわからないまま鑑賞を続けていた。
 あとで調べてみると、Wikiにあらすじがわかりやすく説明されていて、ようやく納得したしだい。
 まぁ、しかし、例によって、体を小さくしたり、逆に大きくなったりを繰り返すアクションはコミカルで、意外性にみちておもしろく、ストーリーの詳細を知らなくとも、じゅうぶんに楽しめる。
 しかし今回、アント、というタイトルの割には、巨大化するシーンの方が多く、小さくなるという一番の売りどころが、生かされていなかった気がする。これではタイトルに偽りありではないか、といったツッコミはともかく。この徹底して軽いのりは、観ていて疲れなくてよい。
 と、まあ、エンタメ映画として、文句はない出来なのだが、あえて、苦言を言わせてもらえば、前作、というかアントマンの核となるべき部分。つまり、逮捕歴のある泥棒であり、バツイチで娘にもあわせてもらえないダメダメな中年男が、一転、スーパーヒーローになって活躍するというところが、まったくなしにされているというか、今作において、失われている点は問題かもしれない。それゆえに、ただドタバタとした追いかけっこが楽しいだけの作品になっているのだ。
 今作はそれでも、うまくいってはいたが、今後、もしシリーズが続くとしたら、そうした核となる部分が失われたままだと、いずれ失速するのでないか、という気がした。



「ブック・オブ・ヘンリー」

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監督 コリン・トレヴォロウ、出演 ナオミ・ワッツ、ジェイコブ・トレンブレイ、2017年公開、アメリカ製作

 監督は「ジュラシック・ワールド」を撮り、続編「炎の王国」では脚本・プロデュースをつとめていた、コリン・トレヴォロウということで、それなりに期待しての鑑賞。
 主演はナオミ・ワッツ。女手ひとつで、おさない男児二人を、ウエイトレスをしながら育てている、健気な主婦を演じている。彼女の実年齢もあいまってか、生活につかれた雰囲気が出た演技は悪くない。子役の二人もなかなか、かわいらしく、いずれも演技が達者で、主演の俳優陣は適役だと思った。
 この家庭、父親はどうやらいないということで、暮らしはかなり苦しい。と思いきや、そこはよくできたもので、そららをカバーしてあまりある、二人の子供のうち、長男は高スペックを有していた。
 一言でいってしまえば、天才児。齢11にして、大学生並みと思われる、幅広く、深い知識をもち、判断力、行動力、くわえて人間性の程度も高い。そして経済能力にも長け、株トレードをして生活費を稼いでいるというのだから、もはやリアリティも何もないが、まぁ、映画ならではの都合のいいスーパーマン設定として受け入れよう。
 そんな長男と、やさしいけどたよりない母親と、そして弱虫で甘えん坊の弟との、家族3人がくりひろげる、ファミリー・ヒューマンドラマ。いくらでもおもしろくなりそうだ。おそらく、途中で、家族を深刻なトラブルがおそい、離れ離れの危機におちいりつつも、力をあわせて最後にはハッピーエンド? そうしたふうに落ち着くのだろう。
 と思っていたら、なんと。中心人物である、天才少年、長男が途中退場。中盤で、死んでしまうのだった。それから、話は意外な方向へと転がっていくことに。
 なんと長男が死ぬ間際、母親に託したノートの中には、遺言として、隣人の男性を殺すよう依頼するメッセージが残されていたのだった。
 というのも、生前から長男は、隣人に住む、父娘のあいだにある虐待に気づいており、それを止めさせようと、奮闘していたのだが、いくら周囲の大人に訴えても、隣人男性は町の権力者であるらしく、誰も本気でとりあってくれない。そこで一人で始末をつけるつもりで、殺害計画をたてていたのだ。
 母親はそうした事実を知って、長男のこころざしを受け継ぎ、スナイパーとなる決心をする。
 とこんな風に、前半と後半で、雰囲気のガラッと変わった映画になってしまうのが、今作の特徴だが、その試みは残念ながらうまくいっていない。
 それは本国アメリカにおける、興行成績の失敗にも如実にあらわれているが、やはり、どうしたって無理のある展開だ。ゆえに後半はかなりつっこみどころが多く、首を捻らざるを得ないシーンが続く。
 ふつうに考えて、天才少年が、家族をたすけ奮闘する、ファミリー・ドラマか、もしくは隣人の少女を義理の父の魔の手から救おうとする天才少年のサスペンス・ドラマか、どちらかにしぼったほうがわかりやすくていいに決まっている。
 というわけで、微妙な出来の映画であった。が、そうはいっても、飽きず、最後まで見通せはしたので、その辺は、監督の実力がそれなりにしっかりしている証拠なのかもしれない。
 暇なら観てもいいと思うけど、積極的にすすめない。そんな一本でした。



「22ドリームス」ポール・ウェラー

22dreams

 先に紹介した「ウェイクアップ・ザ・ネイション」の一つ前に出た、2008年発表のアルバム。全21曲、収録時間約68分の、レコードでいえば、二枚組になるだろうヴォリュームのある作品だ。
 ロックがもっとも熱かった、60~70年代にかけて、思春期を過ごしたポールだから、やはりその当時のダブル・アルバムのいわば特別感というものが、今作にも感じられる。
ビートルズの「ホワイト・アルバム」とか、ストーンズの「メインストリートのならず者」だとか。
 内容はバラエティに富み、さまざまなタイプの楽曲がならんでいるが、寄せ集め感はない。曲の流れも考えられ、まったく飽きることなく聴き通すことのできる、トータル度の高いアルバムだ。コンセプト・アルバムといっていいかもしれない。
 英語がわからないので、確かなことは言えないが、(ネットで調べろよという気もするが)、今作はやはり、そのタイトルから推察される通り、ドリーム。夢の中をただよい、つかの間、インナートリップするというストーリーが根底にあるのかな、という気がする。
 ストレンジなアレンジのインスト曲や、マジカルに加工された音色。同じメロディがリプライされたり、アルバムのラストが、また一曲目のイントロへとつながる円環構造をなしていたり、さながら終わりのない夢の中をめぐっているような演出がほどこされているのはそのせいだろう。
 そこでポールはおそらく、過去の自分、少年時代から、青年になり、バンドデビューして、キャリアを重ね、現在にいたるまで、と、そうした己の人生を回想しているのではないだろうか。
 そう、今作はその内容のバラエティさにおいても、自身のこれまでを総括する、集大成といえるアルバムなのだ。きっと。
 それにしても今作における楽曲群、そのすべてがメロディのいいのにはおどろかされる。どれもキャッチーで口ずさみたくなる、親しみやすさにあふれている。
 そしてこれだけ、完成度が高い内容ながら、変な力みがなく、風通しがいい、聞きやすさにあふれているのも何気にすごいことだ。
 というわけで、今作はポール・ウェラー自身にも、そして彼のファンにとっても重要な位置をしめるアルバムといえるだろう。
 そして今作でこうしてこれまでのキャリアを総括したからこそ、次作「ウェイクアップ・ネイション」では、仕切り直しとでもいうべき、初心にかえったサウンドになったのにちがいない。
 若々しくフレッシュさにあふれた楽しいアルバムだ。



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