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「来る」

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監督・脚本 中島哲也、脚本 岩井秀人、原作 澤村伊智、出演 岡田准一、黒木華、2018年公開、日本製作
 
 2015年に日本ホラー大賞をとった「ぼぎわんが来る」という小説を原作に、中島監督によって撮られた映画。
 主人公の生家のある村に代々つたわるという、謎の怨霊? におそわれることになる主人公一家の受難を描いたもの。
 出だしはしかし、ホラーというよりは「イヤミス」と呼ばれる、イヤーな気持ちにさせられるミステリーを連想させる内容だった。
 結婚式、その二次会、友人たちを集めておこなわれるホーム・パーティー。それらの描写がいちいち底意地が悪いというのか、いかにも白々しくて、とにかく嫌な気持ちにさせられること必至だ。
 思えばこの中島監督の作品はどれもそうで、人間の表と裏、本音と建て前を悪意のある視点で切り取るのがうまい。
 本作でも、一見、主人公をとりまく家族、友人関係らの仲は良好で、とてもうまくいっているようにみえる。けれど、ちらちらとそこに亀裂の影をにおわせて、のちの伏線をしっかりとはっているのだ。
 ホラーの意匠を借りつつ、だから、そういう人間の奥にひそむ悪意を描いた映画なのだろう、とそう思って観ていたのだが、後半、一転して霊媒師たちと悪霊とが闘う、異能バトルものに変わってしまう。
 霊媒師比嘉琴子を演じる松たか子や、柴田理恵演じるキャラクターもやけに作り込んであって、個性が立ちまくっているのが印象的で、ほとんど悪ノリしているようにさえ思えてくる。もはやこうなるとコミック的で、後半はほとんどギャグすれすれな大騒ぎになっていくのだ。
 前半のていねいに積み上げていったものを、こうして後半、ちゃぶ台をひっくり返すように、自ら勢いよく破壊していく展開は、どこかパンクの精神をも連想させる。
 このあたりをおもしろいと感じられるかどうかで、観るものの評価は180度変わってしまうと思うが、私はおもしろいと思った。
 そうした意味で、今作は中島監督の特色である二つ、人の本音と建て前、そしてそうした全てを破壊したいという衝動とがもりこまれた実にらしい映画だ、と言えるのではないだろうか。



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「アリータ:バトル・エンジェル」

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監督 ロバート・ロドリゲス、脚本・製作 ジェームズ・キャメロン、出演 ローサ・サラザール、クリストフ・ヴァルツ、2019年公開、アメリカ製作

 日本のコミック「銃夢」を原作に、これのファンだというジェームズ・キャメロンの製作のもと作られた本作、同じ日本人としてはどういう出来になるか、気になっていたが、いささか不安になっていたのも確かで、それは先に出された主人公であるアリータのビジュアルが微妙だったから。
 漫画の絵柄に合わせたのだろう。倍近く瞳だけを大きくし、CGを駆使して造形されたルックスは、ま、アンドロイドだからというエクスキューズがあったとしても、はっきりいって気持ちが悪い。
 だから映画が始まってもしばらくは、違和感がぬぐえなかった。
 舞台は未来の地球。テクノロジーが進み、アンドロイドの存在は当たり前、その他多くの人々も、体の一部を機械化している、それが普通になっている世界だ。
 人類は一部のエリート群だけが上空に浮かぶ円盤状の都市に住み、その他の下層市民は、荒廃した大地に生活し、上から監視されているという、いわゆるディストピアものとなっている。
 そんな中、医師であり、博士でもあるイドによって拾われた戦闘用サイボーグ、アリータが、自分をとりまく謎、そして対立する組織と戦っていくという内容になっている。
 当初書いたように、アリータのビジュアルをはじめとする、その他多くのサイボーグたちのデザインがとにかく、顔だけ人間で、体は昆虫みたいな姿をしていたりと、奇抜なもので、正直気味が悪く、どうにも乗れなかったのだが、いざ本作のキモとなるバトルが始まってしまえば、そこは気にならなくなってくる。CGを駆使したアクションは、見応えたあり、引き込まれてしまうのだ。
 そこからラスボスともいえる敵サイボーグと、結果引き分けることになる中盤のバトルまでは、大変おもしろかった。しかし、ここまでがピークだ。
 以降、ラブストーリが始まり、唐突に、モーターボールという競技にアリータが出場することになったり、といった展開が唐突で、話は飛び気味になっていく。そのあたり、説明不足というか、はしょっている感がぬぐえずに、ラストも続く気まんまんで、中途半端に終わっているのが消化不良だ。
 と、後半が残念だったけれど、アクションは最後まで見応えのあるものなので、おおむね満足のいく映画だった。



「デス・ウィッシュ」

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監督 イーライ・ロス、脚本 ジョー・カーナハン、出演 ブルース・ウィリス、2018年公開、アメリカ製作

 まずブルース・ウィリスが外科医の先生であるという設定に大きな違和感をおぼえてしまった。何だろう、この居座りの悪さ。彼の大きなマッチョな体に白衣はにあわない。
 そもそも暴力とは無縁に生きてきた高学歴エリートには見えないし、前半部では町のチンピラどもにボコボコにされたりもしてしまって、ブルースにかぎってそれはありえないだろぉ、とつっこまずにいられなかった。やはり彼は警官か殺し屋、この二択しかありえないのだ。
 ま、結局後半からはメキメキと強くなり、銃の扱いもおぼえて、いつものブルース・ウィリスがもどってくることになるのだが、その辺も唐突で、ここもつっこまずにいられなかった。
 そもそも彼主演で、製作されているのであろうから、そこは文句を言っても仕方ないのだろうが、やはりミスキャストな気がする。内容からすると、一見弱々しそうな、インテリ臭ただよう俳優の方が適任だろう。
 本作はチャールズ・ブロンソン主演で、73年に作られた「さらば狼」という映画のリメイク。ストーリーは押し入った強盗団に妻を殺され、娘を昏睡状態にまでなる怪我を負わされた主人公が、あてにできない警察の代わりに、自分自身で復讐を果たすといった、いわゆるビジュランテもの。
 思えばこのパターンの映画もうんざりするほど作られていて、見飽きた感があるが、結局好きで見てしまう私である。
 で、こうした復讐もののポイントは、その原因であるところの、主人公に突然襲いかかる悲劇、それによる絶望がしっかりと描かれているところ。皆殺しもやむなし、と観客に納得させなければならないのだが、本作はその辺りが薄めに思えた。
 監督がグロ描写多めのホラーを主に撮るイーライ・ロスということで期待しすぎたところもあるかもしれない。その分、物足りなく感じてしまったのだ。
 実際、全体的に演出があっさりとしていると思う。唯一強盗グループの死に様が、ぐろいくらいで、あとはとにかく、ぬるい描写が続くのだ。緊張感が感じられないのが何より残念だ。
 その他、昨今の映画らしく、SNSが出てきたり、主人公が動画サイトを見て、銃の扱いを勉強したり、主人公の弟がダメな感じで、裏があると見せかけて何もないという点が拍子抜けで、印象に残ったというくらいだろうか。
 悪くはない。平均点はとれている。けれども素直におもしろかったともいえない。そんな微妙な出来の映画だった。



「アイアンマン」「アイアンマン3」

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「アイアンマン」
監督 ジョン・ファブロー、製作 ケヴィン・ファイギ、出演 ロバート・ダウニー・Jr
グウィネス・バルトロー、2008年公開、アメリカ製作

 これまでのマーベル映画を見返したくなって、とりあえず鑑賞してみた一本。
 現在のマーベル・シネマティック・ユニバース、快進撃の発端となった記念すべき一本で、確かにおもしろい。よくできている。
 その成功のポイントは何といっても主役を演じたロバート・ダウニー・Jrが実にこの役にはまっているところだろう。
 チャラけていて自信家で、尊大で金と才能があるのを鼻にかけているという、典型的な嫌なやつなのに、どこかキュートでにくめないという魅力的なキャラクターにしたのは、彼による功績が大だろう。
 アイアンマン・スーツのデザインも、あらためて秀逸だと思った。とくにプロトタイプがゴツゴツとしてかっこいい。
 ま、何より、基本となるストーリがしっかりと作られいる。そこに見せ場となるアクションがのっかるのだから、傑作にるのも当然だ。
 と文句のつけようもないので、正直これ以上書くことがなかったりする。ともあれエンタメ映画として満点だ。

「アイアンマン3」
監督・脚本 シェーン・ブラック、2013公開

 というわけで、その三本目となる本作も一緒に。もちろんこれもおもしろい。
 ここにきて、製作陣もキャストもノリに乗っている感じで、さらにクオリティはアップしている。
 序盤早々、トニースタークの屋敷が盛大に破壊され、追っ手から遠く離れたテネシー州まで逃げることに。そこから現地の少年のたすけなどを借りながら、スーツを修復、リベンジをはかるといった展開は、スピーディーでテンポがよく、あきさせない。
 そしてこのシリーズは、派手なアクションだけでなく、改めて、トニー・スタークの成長譚でもあることがよくわかる。
 自分本位で嫌なやつだった彼が、世間を見て、艱難辛苦をのりこえ、一回り成長していくのだ。
 そして今作ではついに、彼の存在意義になっていたアイアンマンであることすらやめてしまって、かわりに普通の人間として愛する女性と、家庭を築く決意をすることになるのだ。
 そうした(ある意味)子供っぽい、中二病的世界観から、大人の男へと踏み出すというテーマが内包されていたのだった。
 マーベルの世界観をも否定しているように見えるのが皮肉であるが、シリーズものの締めくくりとしては実にまっとうなラストだろう。最後、これまで製作してきたアイアンマンスーツの数々を盛大に無駄づかいして破壊していくあたりは、その門出をいわう、花火のようにみえてくる。
 というわけで、シリーズ三作をとおして、きれいにまとまっていた良作だ。



「キャプテン・マーベル」

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監督 アンナ・ボーデン、ライアン・フレック、製作 ケヴィン・ファイギ、出演 ブリー・ラーソン、サミュエル・L・ジャクソン、2019年公開、アメリカ製作

 快進撃をつづけるマーベル・ユニバースから誕生した新たなヒーロー。
 何気に女性ヒーローで主役をはるのは初ということで、昨今の男女の権利平等の風潮を考えると、おそすぎた感すらある。その点ではDCの「ワンダー・ウーマン」に遅れをとってしまった。
 ストーリーは、別の星の住人であり、戦闘部隊に所属している主人公女性が、宿敵であるスクラル族との争いの末、地球へ不時着、後を追ってきた敵との格闘を繰り返しつつ、自身の中に眠っていた過去に関する秘密に気づいていくといったもの。
 果たして主人公の真の姿とは何なのか? アクション映画であると同時に、みんな大好き記憶喪失ものでもあるのだ。
 で、やはりこの手の映画はヒーローがいかに強く魅力的であるかが重要になってくるわけだが、今作で主役を演じているのはブリー・ラーソン。
 すっきりと整った顔立ちと、嫌味のない雰囲気をもつ美女で、その役柄もあるのか、男に媚びるような感じもなく、堂々とした立ち振る舞いは、同性からも好かれるタイプだろう。個人的には、美人女子プロレスラーを想起してしまったけれど。ま、悪くいえば、そのそっけない感じから、感情移入しにく雰囲気がある。正直なところ、ワンダー・ウーマン役のガル・ガドットと比べると一段落ちてしまう感はぬぐえない。
 そう、今作は監督、脚本、主演と、「ワンダー・ウーマン」と同じく、主要スタッフが女性陣で占められているという点も特徴で、するとどうしたって両者を比較しないわけにはいかなくなってくるのだが、個人的には「ワンダー・ウーマン」の方に軍杯があがってしまう。
 それはけっして主演女優が好みだからというわけでなく、作品そのものの出来がそうなのだった。
 気になったのは、話そのものは決して悪くないのだが、演出がひどくあっさりしすぎているという点だ。一つ一つのアクションに対する、周囲のリアクションがひどく薄く、あっさりしすぎているように思うのだ。
 たとえば、キャプテン・マーベルがありえないパワーを発揮して敵をぶちのめしても、周りにいる地球人はあまりおどろきもしなかったりする。
 そうしたシーンがいくつも続くと、やはり観ているこちらとしては気持ちが冷めていく。ただ、淡々と、起こっていく事件を事務的に処理していくだけのような展開に、いつしか退屈さをおぼえている自分に気づく。
 もしかしたら監督は、アメコミに関して、特に思い入れのない人なのかも、そんな邪推すらしてしまう。
 というわけで、少々残念な出来の映画だった。
 とはいえ、まだ若いニック・フューリーが出てきたり、1990年代を舞台とした世界観は嫌いじゃないので、おそらく作られるであろう次作で盛り返してくれることを期待したいところだ。



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