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「アリー/スター誕生」

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監督 ブラッドリー・クーパー、出演 ブラッドリー・クーパー、レディー・ガガ、アメリカ製作、2018年公開
 
 過去に何度もリメイクされている映画「スター誕生」が、今風の意匠をほどこして、現代に復活した。名もなき、まだうずもれた才能をひめた若者、そしてそんな彼女を発見し、引っ張り上げる、すでにトップの地位にある大御所スター。そんな新旧二人の世代交代。
 といった内容、テーマは、いつの時代にも関係なく、大衆からの支持をうけるものなのだろう。
 で今回のリメイクの大きな目玉はなんといっても、若き未来のスター役をレディ・ガガが演じているところ。ここでの彼女は売りであるアバンギャルドな外観を脱ぎ捨てて、素のままの姿で役にいどんでいる。
 となると問題は俳優としての彼女はどうなんだ? という点だが、そんな不安をしりぞけて、今作における彼女は、なかなか魅力的だ。
 ステージに立ち、ボーカリストとして歌う姿の存在感は言うまでもなく、舞台を降り、いち女性として、喜怒哀楽、悩みや不安、恋愛といった等身大の姿をもうまく演じていて、観ていて違和感をおぼえることはなかった。
 そして今作における、もう一つの特徴は、ピークを過ぎ、スターの座を去りゆく者を演じたブラッドリー・クーパー。彼が同時に監督をもつとめている点だろう。
 ベン・アフレックやメル・ギブソンなど、有名俳優が監督をつとめたものは、どれも打率がいいというか、良い映画が多いけれども、今作も初監督らしからぬ、安定した出来だった。
 けれども、きれいに、そつなくまとまりすぎて、個性がないというのだろうか、無味無臭な感じがただよい、そのベタな内容とあいまって、個人的には面白みが感じられなかった。
 とはいえ今作における、特にブラッドリー・クーパーの熱演は文句のつけようがなく、アルコールにおぼれ、堕ちていく姿には心を揺さぶられずにはいられない。
 そう、今作は彼の演技を見る映画であって、実際、観終わって印象に残るのは彼のことばかりなのだ(ガガではなく)。
 つまり今作はブラッドリー・クーパーによるブラッドリー・クーパーのための映画なのである。

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「バンブルビー」

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監督 トラヴィス・ナイト、脚本 クリスティーナ・ハドソン、製作 マイケル・ベイ、スティーブン・スピルバーグ、出演 ヘイリー・スタインフェルド、製作 アメリカ、2019年公開

 人気シリーズとなっている映画「トランスフォーマー」。その中に登場するロボット・キャラ、バンブルビーを主役にすえた、いわゆるスピンオフ作品。
 とはいえ、このシリーズ、個人的にはどうにもピンとこなくて、一作目しか観ていない。なので今作もスルーつもりだったのだが、監督が「KUBO」という、すぐれたストップ・モーションアニメを撮ったトラヴィス・ナイトだと知って、興味をひかれて鑑賞してみることに。
 ストーリーは、ロボットが支配しているらしい星で、2つの勢力が戦争しているさなか、とある重要な役目をもって主役ロボ、バンブルビーが脱出、地球へ逃げてくる。気づいた敵側ロボットもまた、追って地球へやってくる、といったもの。
 地球側の主人公である十代の少女との出会い、学園ラブコメ調の展開をへて、アメリカ政府軍の介入、追っ手ロボットとの格闘といったストーリーは、既視感ありまくりな、おどろくくらいベタなものだった。
 舞台が1980年代ということもあってか、その頃、はやった懐かしいポップスや、風俗、小物類など、世界観が徹底的に作りこまれているのが特徴だが、今作はその外観だけでなく、その内容やテーマも実に当時作られたティーンエイジャー向けのエンタメ映画を思わせるものなのが印象的。
 なにしろ出てくる俳優陣の姿形、演技、加えて映像の感触や質感すらも、当時を思わせるもので、知らない人にこれは80年代に作られたものだと言えば信じてしまうくらい、レトロな雰囲気をかもしだしているのだから。
 なぜに今更こんなベタベタな映画を観なきゃいけないんだ、と私にしてみれば、正直しらけてしまったが、あらためて監督がトラヴィス・ナイトであることを考慮にいれてみると、見方が変わってくる。
 「KUBO」はストーリーこそシンプルなものの、とにかく、その偏執狂的に作りこまれた世界観が印象的で、そこにこそ意味がこめらた映画だった。その監督が作ったのだから、今作における、80年テイストは、もちろん意図的なものなのだ。
 今作はストーリー以上に、この作り込まれた世界観をこそ鑑賞する映画だったのではないだろうか。そう、ジオラマ作品を鑑賞するように。
 そう考えるとよく出来た、なかなかユニークな映画だといえるだろう。



「オンリー・ザ・ブレイブ」

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監督 ジョセフ・コシンスキー、脚本 ケン・ノーラン、エリック・ウォーレン・シンガー、出演 ジョシュ・ブローリン、マイルズ・テラー、2018年公開、アメリカ製作

 ベース・オン・トゥルー・イベント。事実をもとに作られた、山火事をくいめるべく活躍する消防隊員、ホットショットと呼ばれる人たちの活躍を描いた映画。
 まず何といっても今作の見どころは、ジョシュ・ブローリンだろう。彼の演技、立ち振る舞い、その顔面力をおがめるだけでも、私にとって満点をあげていい映画である。
 ストーリーはその彼が演じる、家族を犠牲にしても、消防隊という仕事に命をかけずにいられない業をかかえた男の、妻との不和、そして和解を描いた話と、もう一人、ジャンキーで家族にも彼女にも見放されていた困った男の、思いもかけずに、彼女を妊娠させてしまい、子供ができたことで一念発起。ファイヤーマンとして一人前となるべく奮闘する話と。二人を軸にして、ホットショットの内実、訓練、仕事ぶり、その裏の顔、を描いていくといった、ストレートなもの。
 そこで語られるエピソードはいずれも、どこか見たことのある、よくあるパターンの連続なのだが、ていねいに作られているので、見応えがあって退屈することはない。いつのまにか引き込まれていく。そして感じる、居心地の良さ。
 それは彼らが活躍する、その周囲、仲間だったり、家族だったり、その閉じたサークル内が、実に理想的に描かれているからだ。
 愛する家族、彼女がいて、周囲の住民たちからは、尊敬され、そして仲間がいる。そして何より己の命をかけてやりとげるべき、誇れる仕事がある。それはある種、理想の男の生き方だ。自分もまたそんな彼らの一員になったような気がして、それゆえに気分がよくなってしまうのだ。
 しかしあることに気づく。そうした輪の中に、よそ者がいないということに。黒人および、ヒスパニック系、アジア系といった、マイノリティな人々がきれいにそこから除外されているのだ。脇役としてすら、ほとんど画面にでてこない(クラブのガードマンとして黒人がチラッと映るていど)。
 昨今はやりのダイバーシティとやらで、過剰なほど、多人種性を強調しているハリウッド映画内において、これはかなり異例なことである。実際、モデルとなった消防隊がそうだった、ということなのかもしれないが、それにしても、である。
 しかし、問題はそこではなく、私自身のことで、鑑賞中、このよそ者が排除された世界観を心地よく感じていた、という点だ。
 差別はよくないことだし、様々な人種や障害をかかえたマイノリティの人々にとって、社会は平等であるべきだ。などと、表向きには思っている私ではあるが、その内実はどうだろう? 案外そうでもなかったようだ。
 自分の心の奥底には、よそ者を排除した同質の仲間内だけの集団をよしとする部分があることに、気づかされてしまった。
 そうした自分の保守的な面に気づかせてくれた、という意味においても、今作は見てよかったと思う。
 といった、面倒なことは抜きにしても、今作は一本の映画として、スリル、サスペンスもあり、ドラマティックでもあるという、よい映画であった。



「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」

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監督 ディッド・イェーツ、脚本 J・K・ローリング、主演 エディ・レッドメイン、2018年公開、アメリカ・イギリス製作

 J・K・ローリング原作の「ハリー・ポッター」、その同世界における前日譚となる新シリーズ、二作目。
 ハリーらが活躍する、数十年前の時代を舞台にした話で、たとえばホグワーツの校長であるダンブルドアが若い姿で今作に登場したりしている。
 私の場合、ハリー・ポッターに特に思い入れはないので、この新シリーズもさして期待はしていなかった。事実、一作目「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」も、とりあえず観たものの、印象に残っていない。
 そんな感じで今回も、惰性で観てみたのだが、これが案外悪くない。というのも冒頭から、どうせ子供向けでしょ、といった私の固定概念をふきとばす、ダークな雰囲気が濃厚だったからだ。
 何しろ主人公の敵となる悪役たちの行動が容赦ない。邪魔な人間はバンバン殺していくし、この手の映画ではタブーと思われる、幼児ですらも、あっさりと消してしまう(直接的には描いていないが)。
 これはいける。と思って観続けると、実際その通りで、終始ダークな展開にしびれっぱなしだった。
 しかし思えばハリー・ポッターシリーズも、その後半は主要キャラが次々と死んでいくといった暗い内容だった。こういうのが原作者ローリングの本来の持ち味なのかもしれない。
 ストーリーは、例のダンブルドアとその親友だったグリンデルバルドが、いつしか仲違いし、憎み合うようになってしまったらしい関係を軸に、ライト・サイドとダーク・サイドに別れて、魔法戦争が始まるのか? といったもので、ベタっちゃベタである。
 けれどもダーク・サイド側、そこに堕ちていく人の内面描写がうまく、説得力があるので陳腐な感じはしない。その辺りは非常にうまいと思った。スター・ウォーズの製作陣も見習ってほしいくらいだ。
 何より、ダークサイド側のボスであるグリンデルバルド、ジョニー・デップが魅力的だ。やはりこの手の映画は悪役がいいと引きしまる。
 個人的には次作以降も楽しみな、掘り出しものとなった。



「バタフライ・エフェクト」

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監督・脚本 エリック・ブレス、J・マッキー・グラバー、出演 アシュトン・カッチャー、アメリカ製作、2004年公開

 ひさしぶりに再見。前に見た時、おもしろいと思った記憶があるけれども、今回も充分に楽しめた。
 思ったのは、脚本がうまいんだなってこと。のちに回収されることになる冒頭の伏線の数々や、少年から青年へと成長していく過程、そして特殊な能力が発露して事件へと巻き込まれていく。といった、展開が実にテンポよく、わかりやすく語られていて、よく練らたものであるのがわかる。
 ストーリーは、時をさかのぼることのできる超能力を持った主人公が、現在の自分、およびまわりの友人たち皆をハッピーにするため、過去にもどって修正を繰り返すといったもの。この手のSF映画ではよくあるパターンである。
 主人公は、その超能力をつかい、何度も分岐点となる過去にもどってやりなおすのだが、うまくはいかない。誰かが幸せになったとしても、必ず他の誰かが、その犠牲となり、不幸になってしまうのだ。
 そしてそれは回数を重ねるごとに、ひどくなっていき、ついには主人公自身を破滅へみちびくことになる。といった具合に、しだいに主人公の混乱ぶりがギャグのようになって、悲劇であるはずなのに、いつしか笑えてくるといった事態に。そしてむかえるラストは切なくも感動的で、めったことでは動じない私も少しホロッとさせられた。
 今作は実に、サスペンス、ミステリー、コメディ、ラブロマンス、と一本の中で、さまざまな要素がたのしめる、お得な内容になっているのだ。
 しかし今回、私がもっとも、なるほど、と感心させられたのは外でもない。今作における幸せな人の裏には、代わりに不幸になっている人がいる、という底に流れているテーマだった。
 昔から、皆で幸せになろうとか、誰もが笑顔でむかえるハッピーエンドとか。そんな能天気なお話には違和感をおぼえていた。そんな訳ねえだろぉ、と。
 今作はその辺り、決してきれいごとに終わらずに、不公平な世の中、その真理をきちんとみすえたうえで話が組みたてられていて、そこに好感をもった。



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